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50代の思い 50歳を過ぎると重ねたものが外見に出る 

 50歳を過ぎると、重ねたものが外見に出る 

2015年8月27日

50代の思い

街の雑踏のなかで、見覚えのある顔とすれ違いました。
あいさつ程度しか交わしたことがないけれど、特徴的な顔立ちなので
私はすぐに、その人だと認識し会釈をして通り過ぎました。

しばらくお会いしてないのでけれど、私とわからなかったようで
戸惑った顔と、必死で思い出そうとしている表情を
人ごみのなかでも、読み取れました。

逆の立場で、以前これに似た経験をしたことがあります。
会釈をしてくれた、白髪のご婦人が顔見知りだと気がつくのに
間があったことがありました。
容姿がすっかり変わっていたので、わかりませんでした。

あれ?もしかして私も老けこんでしまってわからなかったの
ではないかと、買い物先でショーウインドに映る自分の姿を
思わず何度も見返しました。

外出先で映し出された自分の姿は、なんで思っている以上に
おばさんにみえるのでしょうね。
いやいや、それが現実です。世間の皆さまが見ている姿と一緒です。

50歳を過ぎると、今までの歳月で積み重ねたものが
外見にそのまま出るようで、なかなか怖いものがありますね。
人は見かけによらないと言いますが、見かけどおりにだんだん
なってくるようです。

たとえば食生活から想像できる体型とか、
普段の表情筋を使っていないのが想像できる、無表情な顔の人や
いかにも性格悪そうな意地悪な顔の人など、蓄積年数分
しっかり形になっていますものね。

反対に表情豊かで、明るく笑顔の穏やかな顔の人や
きちっと日々、律して積み重ねてきた人の整っている感じも
積み重ねた年数分、やっぱり伝わるものがあります。

昭和の時代に活躍した写真家の土門拳が
エッセイ「死ぬことと生きること」で言っている言葉だそうです。

気力は眼に出る。生活は顔色に出る。
年齢は肩に出る。教養は声に出る。


なりたい自分を想像したら、私もかなり修正箇所が出てきました。

「ローマは一日にして成らず」です。
ん?使い方合ってますかね…。

では、また。

「ふ」fumie

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なるほど「一読、十笑、百吸、千字、万歩」ね


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