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50代を生きる 「羨ましい」という感情の方向

 「羨ましい」という感情の方向

2015年8月13日

50代を生きる

人生経験も、それなりに重ねてきました。
あきらめることも知り、自分のためにもなるべくひとを
羨らやんだりしないように生きています。
自分の感情と向き合いながらの生活です。

今回も、河合隼雄さんのエッセイ「こころの処方箋」のなかで
”羨ましかったら、何かやってみる”とゆう章に妙に納得したので
ご紹介します。

他人を羨ましいと感じるときがある。羨ましいなどと思ってはいけないと言う人もあるが、このような感情は勝手に生じてくるので、いかんせん難しいものである。(中略)そして、いったいそれがどのあたりから来ているか、考えてみることにしてはどうだろう。あんがいなことが見つかるものである。

私も、あんがいなことが見つかりました。


今年に入って、ホームページやブログの文章を書いている私。
読む側だけの時には、感じなかった感情として
文章の上手なサイト、ブログに出会うとライターさんの能力に
「羨ましい」と思ってしまう自分。

自分にとって実に多くの未開発の部分があるなかで、特に何かが「羨ましい」という感情に伴って意識されてくるのは、その部分が特に開発すべきところ、あるいは、開発を待っているところとして、うづいている(、、、、、、)ことを意味しているのである。

そして、「羨ましい」という感情は自分の未開の可能性の
方向指示盤役割があるということらしいです。

50歳を過ぎても、未開発の部分がうづいているとは
自分の感情もわからないものですね。
たしかに、私にとって文章力は未開発で足を踏み入れてない領域です。

ひとが羨むほどの能力を、手に入れるためには
努力と時間、お金、困難や苦痛、犠牲にしてきたものが
あるのだろうと想像できます。

若い頃とは違って、その辺もちゃんとわかっていているのに
「羨ましい」と思うんですよね。
本から受けたアドバイスは、「羨ましい」という感情の方向を
教えてくれました。

「羨ましい」という感情が強いとき、自分のなかの未だ注目されずに()てられているはずだと思って、探してみたり、いろいろ試してみたりするのはそれほど悪くない。そのためにエネルギーを消費する方が、他人に愚痴をまき散らしたり、他人の足を引張るためにエネルギーを使うよりは少しはましだと思われる。

河合隼雄さんも、自分の持っていないものを他人が持っているときに
必ず生じるとは限らないところに、不思議さがあると言っています。

「羨ましい」という感情が反応したとき、何か自分のなかで
引っ掛かるものがあるなら、ここはプラスにとらえてみると
エネルギーの使いどころがわかってくるかもしれません。

感じてはいるのだけれど、うまく言語化できなかったこととか
頭のなかにはあるのに、思考としてまとまらなかったこととかが
腑に落ちるように書かれているので、「こころの処方箋」は
ほかの章も、これからも私の助けになってくれそうです。

では、また。


「ふ」fumie

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出し惜しみしていませんか

 
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